カミの土地

 

 「この地震によって私たちは、自分の土地ではなくカミの土地にいることを思い知らされるのである」(ポール・クローデル『天皇国見聞記』より)
 堅固で揺るぎないように思える大地も、その中身はとても不安定なものである。地球表面は板状の岩の塊である十数枚のプレートによってパズルのように覆われてるのだが、日本列島の下には太平洋プレート、北米プレートなど4つのプレートがひしめき合っている。それはちょうど海の上に浮かんだ四艘の船が波に揺れながらその舳先をぶつけ合っているようなものである。そしてこの4つのプレートがせめぎ合う日本列島はまさに地震の巣窟であった。なにしろ世界の陸地のわずか0.28%しかない狭い国土に対し、世界で起こるマグニチュード6以上の地震の約20%を引き受けているのであるから。
 ではこの日本という国は、世界の中でもきわめて「不幸な場所」なのだろうか。だがじつはこのカオスのような場所にある日本とは、また世界でも稀にみる複雑で多彩な、美しい自然を手に入れた国でもあった。
 日本の美しい風景、たとえば複雑に入り組んだ入江や岬、連峰や渓谷の雄渾な姿、川や流れ落ちる滝の清々しさ、それら多様な自然の造形を生み出したのも、もとを正せば、隆起や沈降など複雑かつ大規模な変化を長い歳月をかけて繰り返してきた地殻運動の賜なのである。そして皮肉にもこの4つのプレートがひしめき合う東海・伊豆地方の中央に生まれたのがあの名峰富士なのだ。
 日本人はつねにこの厳しい自然環境を乗り越えるための努力を強いられ、またあるときは手に負えぬ自然の猛威にただじっと耐えるという、並外れた勤勉さと忍耐力とを身につけざるを得なかった。そしてそれと同時に、美しい自然と四季に感謝する心があったからこそ、あの短歌や俳句をはじめ、自然を愛でる日本独自の多彩な文化や芸術が生まれてきたのである。
 現代文明は利便を求めて様々なものをこの地上に作り上げてきた。しかしわれわれはあくまでもカミの土地を借りて住んでいるのだということを忘れてはならない。
※詩人クローデルは駐日大使として約四年半にわたり日本に滞在し、その間にあの関東大震災に遭遇している。

(詩誌『この場所ici』5号より)